人生において、白塗りの集団と歩く、それも屋外を練り歩いたことがある人は何人いるだろう。
11月23日、阪神・オリックスの優勝パレードに沸く人々を背に、私は京阪電車に揺られてひらかたパークを目指していた。
恋人に会いに行くためだ。でも、デートじゃない。
数日前、恋人からひらかたパークでイベントがあり、カンボジアの支援ブースを出展すること聞かされた。
恋人はカンボジア支援の活動をしていて、11月の初めにも向こうへ行っており、現地の教育省ともやり取りを行っている。
そこで固まった企画の支援を呼びかけるブースをひらパーで出すそうだ。
せっかくの休日に一緒に過ごせないのかと少し気分が下がりつつも、この人にはこの人の活動があるし、それを制限するのは嫌だ。それに私がもしこの人の立場だったら、それを笑顔で応援して欲しいと思う。
なので「頑張ってね」と言いかけた所、「前に話した白塗りのビジュアル系バンドでやる」と恋人が言った。
―白塗りのビジュアル系バンド
これは1度、恋人とその近しい仲間たちとで"演奏したら即解散 究極のビジュアル系バンド"というコンセプトで色々と活動しようと立ち上げた、メンバー8人全員が顔面白塗りのバンドのことである。
春に結成をしたが、夏場に白塗りは熱いし、崩れるということでビジュアル写真や映像を1度撮ったきり、涼しくなるまで活動を休止していた。
件の撮影は私と付き合う前のことであったため、その時の様子は恋人からの伝聞でしか知らないが、次々と産み出されていく白塗りの男たちを見て、メンバーのお子さん(1歳)が恐怖で泣き出したり(お父さんは撮影参加を断念したらしい)、撮影を見ていた地元の高校生が「バンド名を教えてください。Spotifyで聴きます!」と嬉しそうに話しかけてきたりと初っ端から男子大学生のデカ盛りランチ並みの情報量の多さ。
ちなみに演奏したら即解散なので、オリジナル曲どころか演奏している音源すら無い。
過去にその話をお腹を抱えて聞いていたので、かねてより1度見てみたいと思っていた。
と、いうことは今がそのチャンスなのでは?と恋人にそのイベントを見に行ってもいいかお伺いをたてた。
恋人は二つ返事で了承し、カメラマンが足りていないことを告げられ、それではとマネージャー兼カメラマンで参加することになった。
そして当日、優勝パレードで賑わう人混みをかき分け、電車に乗り込んだ。
電車に揺られながら、仕事のお手伝いにとはいえ、恋人に会えることに胸を高鳴らせながら早く着かないか、探偵はBARにいるの大泉洋のように「急いでくれ!!」と窓を叩きたい衝動に駆られた。
最寄りの枚方公園駅からは殆ど一本道で、走りたい衝動を胸に秘めつつ、あくまで冷静かつスマートに歩くことを考えた。
ひらパーへ向かう間、脳内ではチャットモンチーの『風吹けば恋』が流れていて、自分も中々の乙女だなぁと破顔した。
さて、無事に入口につき、関係者パスを受け取るために恋人へ着いた旨をメッセージを送り柵越しに恋人の到着をいまか今かと待ちわびた。
しかし、そこで冷静になる。
あの人白塗りやん、と。
しかもただの白塗りではない。海賊のコスプレをした白塗り髭ロン毛だ。
決して白塗りであること忘れていたわけではない。
むしろそれを面白がって来ている。
しかし、白塗りの集団と一緒に、何も仮装せずに歩くことを考えていなかった。
彼らは白塗りだから注目は浴びるけれど、素顔はわからない。
しかし、私は普段通りの格好でここに来てしまった。
途端に素顔対策を講じる。
今あるもので、自然に顔を隠せるものは…ない。
駄目だ、浮かばない。
ああ、まだ来るな。
なにが「風!風!背中を押してよ」だ。
押すな。顔面の白塗りを吹き飛ばせ。
自宅にあるサングラスを恋しく思っていると、しきりに二度見で振り返える人や、おねしょをした時のように顔をくしゃくしゃにした子供が目についた。
まさかと思った瞬間、白塗りの海賊が目に入った。
しかし、恋をする気持ちって凄いですね。
恋人が白塗りで現れても、姿を見かけるとときめいちゃうのだから。
科学実験の成れの果てで異形へ変容した恋人と再会した人の気持ちを味わえた。
こんな気持ち味わえるのはハリウッド俳優しかいないだろう。
パスを受け取り、バンドメンバーやブースの主催の方々にも挨拶を行う。
幸い、主催の方々は白塗りではなく、ごく普通の格好をされていた。
優しい方々だったが、そもそもこの人たちが白塗りバンドにオファーをかけたのだ。
穏やかな仏様のような顔の下にどんな狂気が孕んでいるかワクワクする。
ここでバンドについて紹介したい。
A Pointless Story
地元泉大津を中心に、精力的に活動する"演奏したら即解散 究極のビジュアル系バンド"である。
リーダーのタイガー・シャーク氏に結成の目的を聞いてみたところ、『「音楽に対する新しいアプローチ」と演奏以外で音楽活動をどこまでできるかチャレンジする、という2つの目的から成ります。』とのこと。
ちなみにA Pointless Storyとは"薄っぺらい話"という意味である。
全然薄っぺらくないじゃないか。
そして、今回参加したメンバーはこの4人。
タイガー・シャーク
バンドのリーダー。
唯一、小学生からチェキのご指名があった。
ミナミ・クミノキ
着ている衣装はだんじりのもの。
持っているギターは弾けない。
TOSHI
AKIRAJr.
一番腰が低く、お辞儀がガラケー。
子供から度々剣を奪われる。
ゲリラ・ガーディアンズ
最年少。お肌ツルツル。
かわいい。
サングラスを取るとつぶらな瞳。
かわいい。
ブースの宣伝がてら園内を練り歩いたのだが、すれ違う人々の視線を奪いっぱなしである。
興味津々と見つめてくる人もいれば、恐怖に顔を引き攣らせる子どもがいたりと、まるで人里に降りてきたモンスターである。
楽しそうにメリーゴーランドに乗っていた、外国人の子どもたちの笑顔を一目で奪い去り、目を丸くさせる破壊力。
海外のお友達みんな、にほんでは昔から舞妓さんとかバカ殿様とか、白塗りの文化があるんだよ。
しかし、どんなに怯えられても彼らのファンサービスは素晴らしかった。
興味深そうに見つめてくる子供には手を振り、話しかけてくる子供には笑顔で返事する。まるでディズニーのパレードのよう。
お子さんを連れたお母様から「悪いことをするとでてきますよね!?」と話し掛けられた際も、「いい子にしていないと出てくるよ〜!」とキチンと手を振っていた。子どものしつけまでできるバンド、それがA Pointless Story。
略してポイストでこざいます。
もちろん、怯えられるだけではない。
「絶叫の滝 バッシュ」という乗り物に乗った際、こちらのアトラクションは30分ほど並んだのだが、順番待ちの間に同じように並んでいる小学生たちととても仲良くなっていた。
出発の際に「行ってくるなー!」「がんばれー!」なんて、なんとも心温まるやりとりをしていた。
クライマックスで滝を急降下で滑り落ちる時なんて、「来たで!!来たで!!」とお子さんを呼ぶお母さんもいた。
子どもだけでなく、主婦も虜にするバンド、それがA Pointless Story。
誕生日の女の子と出会ったときには全員全力でお祝いし、記念撮影をしていた。
楽しい誕生日を演出するバンド、それがA Pointless Story。
演奏しないバンド、A Pointless Story。
演奏せずにどれだけ音楽活動ができるのか、彼らの今後に目が離せない。